すぴか 【屋上のたからもの】 たった一週間後。近所にある小学校が、取り壊される。 ただの小学校ではない。僕の母校、だ。 小学生の頃の思い出なんか、徒競走でビリケツになった事とか道に迷っていた転校生を案内してあげた事とか中庭の亀の世話をしてあげた事くらいしか覚えてないけれど。 それでも、母校だ。 どうしようもなく、僕の六年間通った学舎だ。 今日は日曜日。部活にも入っていない、あまり友達の居ない僕は平たく言えば暇だった。 だからだろう。少し魔が差してしまったのだ。 僕は、一週間後にはもう二度と見ることも触る事も出来なくなる小学校に、潜入した。 人気の居ない時を見計らい(そんな心配要らないくらい人居なかった)、余り大きくない運動場を割るように横切り、立ち入り禁止のプラパンを無視し、バラバラに砕けちった硝子扉を潜り抜け、一番大きな校舎に潜りこんだ。 懐かしい匂い。クリーム色だった廊下は、ヤニで汚れたように黄色っぽくなっている。 廊下って、こんなに狭かったっけ。 心なしか、教室も狭い気がする。何も貼られていない緑の掲示板には、大量の画鋲の穴と、変な落書き。だんご三兄弟。懐かし過ぎる。 そのまま何もなくなった資料室を横切り、黒いカーテンが目印だった視聴覚室(黒いカーテン破れてる)も横切り、図書がないとこんなにも広いのかと思わせる図書室を覗き、職員室で当時好きだった真理子先生の机を触って(決していやらしいつもりはない。断じて)、 最後に。 最後に屋上に出よう。そう思った。 何せ僕は学校の屋上という奴に、登った事がない。 小学生の頃は登りたいと考えた事なかったし、中学じゃそもそも屋上に登る階段すらなかったし、今通ってる高校は出るのを禁止している。 だから、登ろう。職員室と校長室の間にある階段をひたすら登り、机や椅子が散乱している五階廊下を突っ切り、一度も開けた事ない狭いアルミニウムの扉のノブを回す。 途端に吹き込んでくる風。 僕の少し伸びた黒髪が風で踊った。 まだ屋上じゃない。 外側に備え付けられた螺旋階段をぐるぐる登り(外れたらどうしようと思ったけど意外と造りがいい)、とうとう僕は念願の屋上へ―――― 「――え?」 「――え?」 同時に発せられた異口同音。 手摺しかない平らな屋上にぽつん、と人影。 女の子だった。 ゆらゆら揺れている流麗な長い黒髪。青空の下が嫌という程似合う、白すぎる肌。なんか部屋着のようなラフなパンツに、白のカットソー。そして白のカチューシャ。フレームがない、頭良さそうに見える眼鏡。 驚いたように胸元に両手を当てて此方を見ている様子は、さながら名画のようだった。 「ご、ごめんなさい」 情けない。情けないが、咄嗟に出た台詞はこれしかなかった。 「……! 君」 少女は本当に驚いた様子で、落ち着きなく、それでも一息ついて僕から視線を外す。この時の僕も少し動転していたので見間違えかもしれないけれど、この時確かに彼女は顔を紅潮させていた。と思う。白い肌のせいでそれは遠目からでもはっきり見えた。 今思えば、何を勘違いしてるんだと言われそうだけど、何故か見てはいけないモノを見てしまった気がして、僕は忍び足で螺旋階段へと戻る。 「……え? 君! 待って!」 後ろで小さくそう言われた気がしたけれど、僕は振り返らずにそのまま母校を、後にした。 ◇ 明日。僕の母校は壊される。 もう学校としての機能を停止し、小さい地震ですら耐えられるか疑問に思うくらい壊れて廃れたオンボロ校舎。 そんな校舎にそこまでの思い出はないのだけれど、僕は六日前に出会った少女が、気になって気になって仕方なかった。 別れ際に聞いた声が忘れられなかった。まるで、僕の鼓膜がボイスレコーダーにでもなってしまったんじゃないのかと疑うくらい、憂いが籠もった彼女の声が忘れられなかった。 なに、小学校が壊されてしまったら忘れてしまうさ、と悶々とした気持ちで月火水木金を過ごしたけれど、さすがに限界だった。 土曜日。 学校が壊される、前日。 学校を見たり、触れたり出来る、最後の日。 僕はまた懲りずに六年間通った学舎へと侵入した。 資料室を横切り、視聴覚室も横切り、図書室を無視し、目指すは螺旋階段。屋上、だ。 アルミニウムの扉を開けると、六日前と変わらない爽やかな恵風。 目が回りそうな螺旋を描く階段を一段一段ゆっくり登り、僕は屋上に出る。 ――居た。 ▽追記 6/13^13:55[編集] サPC Mozilla 122.20.54.114 [感想を書く] [最新順][古い順] レスはありません <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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